金色というものに、人々は不思議な魅力を感じます。
大会などで入賞すれば、1位金メダル、2位銀メダル、3位銅メダルをもらえるというのが一般的です。
1位、優勝は金メダル、金色なのです。
金色というものになぜ人は憧れにも似た感情を抱くのでしょうか。
大会などではメダルだけではなく、トロフィーをもらえることもあります。
トロフィーというのは、メダルに比べかなりサイズの大きいものもあります。
そしてその大きいものがすべて金色で塗られていたときの迫力たるや、すさまじいものがあります。
その金色で装飾されたトロフィーをもらえば、嬉しい気持ちが沸き起こるというのは、容易に想像できます。
人は自分が美しいと思うものに憧れにも似た感情を抱きます。
もちろん、美しいと思うものに人それぞれ価値観があるので、いろいろな尺度から美しさというものは存在します。
しかしとりわけ金色というものを美しいと思う価値観を持つ人というのは、かなり多いように私は感じます。
逆に考えれば、それだけ多くの人が金色に魅力を感じているからこそ、トロフィーなどは金色に装飾されているのだと思います。
トロフィーに関して言えば、金色ということだけが、人を惹きつける要素ではないと思います。
トロフィーはその形状が、素晴らしいと思うのです。
私自身、そのトロフィーの形状に魅了された一人でもあります。
はじめて私がトロフィーを見たのは、小学校に入学した時でした。
その豪華な形状に、私はトロフィーの前で立ち止まり、しばらく眺めていたのを私は覚えています。
そしてそんなことは、一度や二度ではありませんでした。
私は毎日のようにトロフィーを見ているにも関わらず、何度も何度もトロフィーの前で立ち止まり、そして眺めるのです。
人は何度も同じものを見ていると、それが良いものであっても、見ることに慣れてしまい、そして初めて見た時の感動はなくなってしまうものです。
しかし私にとってトロフィーというのは、その他の見慣れてしまうものとは異質の魅力を放っていたのです。
それは金色ということが影響していたのか、はたまたその豪華な形状が影響していたのか、詳しいことは私自身にもはっきりとは分からないのです。
まさにそれはインスピレーションの世界、言葉で言い表すことが、困難な魅力なのです。
金色と豪華な形状があわさることによって生まれた不思議な相乗効果、奇跡のような、金色と形状の互いが互いの魅力を引き出しあうという現象。
トロフィーというのはまさに、奇跡のインスピレーションを人に与える、色と形状がおりなすマジックなのだと、私は思います。